人間のあるべき姿の探索

思索・人形・エンジニアリング

胎児の夢

 

「今日はいい天気だねぇ」

僕は空を特に見上げるわけでもなく彼女に言った.

「そうだねぇ,とても暖かくなってきたし,梅雨も明けて完全に夏って感じだね!」

彼女は空を見上げながら言ったようだ.

「ところで,最近調子はどう?良くなった?」

そう,ここ数週間ほど体調がパッとせず,学校を早退する日が続いていた.多分何かしら心身に問題があるのだろうけど,それに名前をつけてもらいに行く気力が起きていればとっくに名前がついていると思う.

ただ,心身の不調という名目で合法的に集団から外れることで,少しばかり緩やかな日常を送っていたことで,少し元気が出てきた気がする

「少し元気になってきたよ.一昨日はデパートに行ってきたんだ」,ちょっと画材を探しに行って,ちょっと良い絵具と溶き油を買ってきたんだ.やっぱりあの曖昧な色味を重ねていくのは楽しいね.

彼女は僕の顔を怪訝そうに覗き込んで聞いた.

「それで?」

「あぁ!人が沢山いて大変だった.人混みというのは難しいね,経路が動的に変化するんだ.数メートル先の中間地点を何度も設定するのだけど,1秒に数回程度人間の配置が大きく変わって,また考え直さなきゃいけない.」本当は考えていないのだけど,意識に上っていたらしい偽りの記憶だけが残っている.

「(…偽りの記憶だとは知っているのだけど)」

ボソッと,彼女に聞こえないように呟いた.

「何?まぁいいんだけど.また学校に来たくなったら来てね!」

そう言って彼女は僕の部屋を出て,母親に挨拶して家を出て行って,恐らくどこかへ行った.

 

気分が優れないが,外に出ると調子が良くなる気がするので外に出て,近所の河原へと歩いた.今日はくまと一緒にいる.くまというのは僕が一日数時間程度,主に意識のない時間に同じ場所で同じ時を過ごしているぬいぐるみで,それにも意識がないが,僕と違って意識があった試しがない.

「今日はいい天気だね」

僕は空を特に見上げるわけでもなく,それに言った.

そうだねぇ,とても暖かくなってきたし,梅雨も明けて完全に夏って感じだね!

空を見上げてみると,少しばかり雲はあるが,眩しくて眼球が光を捉えている多くの人間には少し眩しい程度の日差しが降り注いでいた.

ところで最近調子はどう?良くなった?

「まだ微妙かな.こうして河原へと歩いている時は」気が楽になるかな.葦は脚がないので歩かないけど,僕は人間なので歩いている時の方が淀みなく思考が進む気がするんだ.君には脚がなくて接続された一つの塊が中身を閉じ込めているから,こうして抱えて歩くことで淀みを無くしてあげているんだ.意識がなくても思考は進んだ方が良いから.でも河原についてしまったら思考が淀んでしまうから,河原についたら帰ろうか.

散歩は楽しいね.

「(そう思うよ)」

と周りの人に聞こえないようにボソッと呟いた.

爽やかな草の匂いにドブ臭さが混じり始めたところで,トンと思考が流れなくなり頭が淀んでしまったので,家に帰ってくまに合わせて意識のない時間を過ごした.

) 

 

意識がなくなってきたら私の中に,思考が意識に流れ込んできた.

しかしまぁ,思考というのが,こう,直列に一つの枝分かれもなく真っ直ぐ進んでいくのは違和感があって,ブレインストーミングをすれば嵐のようにとっ散らかった珊瑚礁見たいなメモが作られるし,何かを考えれば脱線して,他のことを考えているかと思えばさらに他のことを考え,いや,枝は僕には見えなかったんだった.

夢を見る時,何か思考のタネが植え付けられ,無意識の培養液の中に微生物のがワラワラと楽しそうに増殖しているのを眺め,次第に”形”を得た其れが魚になり,鳥になり,植物になり,私になるのを眺め,その過程を一通り見終えたところで我に帰る.何か私が得体の知れないモノになる感覚に囚われる.

しかしこれもとんとおかしなことだ.私は枝の先にいるからこそ,根を辿ることができるのに,夢は根から一つの枝の先に向かってまっすぐ伸びている.私の見た夢のように,あるいは私の知らないところで,別の私が同時に,あるいは順番に,私になったり,私にならなかった何かになったり,枝が途切れ,あるいは枝を伸ばし得体の知れないモノになったりしているのだろう.微生物は貝になると同時に海藻になり,私になると同時にタコになり,意識が芽生え,それぞれが夢を見ていたことを思い出す.

人間は生まれる前に一通り進化の過程を見て,その時進化のその先が何なのかを知るために過程を眺め続けていたかったのだけど,気づいたら産まれてしまったので見ることが叶わず,常にその先のことばかり考えている.何になるのだろうか,私ではない何かに.例えば,首の付け根から眼球がワラワラと楽しそうに増殖して皮膚が捲り上がって迫り出してきて,そういうものになるのかもしれない.もしくは外見はそのままに頭の中だけが入れ替わって,丁度僕の話す言葉が圧縮されたテキストと知らない人が僕の頭の中に入ってきて,”Hi, I can't understand what you say, but I only need to say something I can't understand when I hear something I can't understand”と言いながらテキストを広げ始める.彼は必死に知らない言葉を聞いてテキストから答えらしきものを探して僕の口元に書き留める.しかし知らない言葉を聞くたびにテキストの内容は書き換えられ,彼はテキストの内容をもう一度見直し,答えらしきものを口元に書き留める.「それはまるで,中間地点を何度も書き換えられる歩行者のようで滑稽だった.」

そうしたら僕はお役御免になって,僕の外面は僕が話していた言葉をぎこちなく,周りの人には気付かれないように取り繕いながら喋って,僕はそれを眺める.良く見たら彼は僕の外見をして僕の頭の中をしていて,何も起こっていなかった.

目の前に彼女がいて,僕の顔が存在する座標を心配そうに眺めていた.

 

彼女はずっと僕と会話していたらしい.(彼女というのは高校の同級生で,クラスが二年連続で同じだったこともあり話す機会がそれなりに多く,僕の心配をして今目の前に存在していることは推測できる.)

「ところで,最近調子はどう?あまり良くなさそうに見えるけど…」

そう,ここ数週間ほど体調がパッとせず,学校を早退する日が続いていた.多分何かしら心身に問題があるのだろうけど,それに名前をつけてもらいに行く気力が起きていればとっくに名前がついていると思う.

「あまりよくなさそうに見えるというのは別に僕の見た目を見て言ってるわけでもなさそうだね,多分僕が君と話している最中に意識を失ってしまったことを心配しているんだよね,ありがとう」

心配しているというのは僕に対する好意があるのだろう.(このことはわざわざ僕の家に来ていることから推測される)ここでの感謝は純粋に彼女の献身的な態度に対して感謝を示すつもりで発言している.

「ごめん,つい話しすぎちゃって…一度喋り始めると止まらなくなってしまうんだよね.静止摩擦係数を越えた力の様に,堰き止められていた何かがついうっかり外れてしまった勢いでずっと喋ってしまうのだと思う.」それこそ淀みなく喋ってしまうんだ.(淀みなくというのは水や空気が一つの場所にとどまってしまうことを言うのだけど,僕はそれは思考や言葉についても当てはまるものだと思っている.それに,人混みを歩く時の人間だって,淀みがあるとか淀みないとか表現することができるはずだ.(人を質点と見做して運動方程式F=maを当てはめることでモデル化することができるはずだし,そうすれば定式化して人の淀み具合なんてものも計算できるのだろう.))

「いいよ,気にしなくても大丈夫だから,好きなだけ話していいよ.」

「ありがとう…」

(ここでのありがとうは感謝の意を表すが,純粋な感謝ではなく,自分の淀みなく止まらない言葉を紡ぐことを避けられないからこそ断ることができず,ある種強引に彼女の選択肢を狭めてしまっているのだろう(彼女には僕に対する好意(と僕が推測する感情)から僕の言葉を遮る選択肢を持っていないことを僕は認識している(ので僕は何て悪い人間なのだろうと自分のことが嫌になる))(しかしまた,淀みというのは悪い意味合いで使われる言葉のはずなのに,淀みなくという表現が悪い意味合いで使われているのは滑稽かもしれない))(このように思考というのは直列に繋がるものだとしても枝分かれして飛び石のように現在位置を自由に飛び回り,複雑な木のどこにいるかさえわからなくなってしまう)

「それで?」

「あぁ!人が沢山いて大変だった.人混みというのは難しいね,経路が動的に変化するんだ.数メートル先の中間地点を何度も設定するのだけど,1秒に数回程度人間の配置が大きく変わって,また考え直さなきゃいけない.こういう流れの中を淀みなく進んで行くためには,そういうことを考えていてはいけないんだ.水の流れの中に淀みがあるとそこに引っかかってしまうから,周りのそれと同じように,僕も流れる様に歩き続けなくちゃいけない.そこに厳密な経路の計算なんて存在しなくて,無意識のうちに歩き続けているんだ.」

淀みなくというのは水や空気が一つの場所にとどまってしまうことを言うのだけど,僕はそれは思考や言葉についても当てはまるものだと思っている.それに,人混みを歩く時の人間だって,淀みがあるとか淀みないとか表現することができるはずだ.

(こんな話をいつかした気がする.けれど記憶というのは曖昧で,何かの話をしているときにそれが何回目の話かなんて覚えていなくて実は既に4回話しているものを2回目と勘違いすることはよくあるし,回数なんて別に重要ではないのかもしれない(ここでの回数というのは主観的なもので,例えば記憶を頻繁に失う人間と記憶をたまにしか失わない人間との会話において同じ話を客観的に4回した場合でも,記憶を頻繁に失う人間にとっては2回しか話をしていないことになる(もちろん記憶をたまにしか失わない人なんてものは存在しなくて,人は常に記憶を失い続けていて,再構成される記憶や失われていく記憶しか存在しない)))

経路の計算というのはより正確には人間ではなく人間を模倣した機械が人間と同等及び近い行動を行う際に行われるもので,人間のいる環境中を二次元的に移動するロボットが目的地に向かうためにチェックポイントを設けながら前進及び回転をするが,その際人間が移動する度に人がチェックポイントに乗ってしまったり経路を遮ってしまうことがある.この場合に経路を変更する必要がある.(ロボットが前進及び回転をするというのはシンプルな作動二輪機構によって移動するものを想定している為,オムニホイルなど前方以外への平行移動が可能な機構においては適用されない(これは一見メリットだけの様に見えるが走破性などの観点から一概にどちらが良いとも言えず状況に依存する))(現在のノイマン型コンピュータは直列及び擬似的に並列に計算を行うが,その形態は人間の計算方法とか異なっており,*Hz単位での計算を行う(*には時代によって様々に異なる値が入る)為,それ特有の計算方法が用いられる.(人間の脳に関しては記載するには不明な点が多いため割愛する(不明な点が多いというのは客観的な意味合い以上にごく主観的な意味合いが強く,専門の人間と比較した僕自身の知識が少ない為に沈黙せざるを得ないことを意味する)))

「ごめん,よく分からないけどまぁいいや.また学校に来たくなったら来てね!」

そう言って彼女は僕の部屋を出て,母親に挨拶して家を出て行って,恐らくどこかへ行った.(彼女が僕の部屋を出ることは確かに視認し,母親に挨拶をする声も確かに聞いた,しかしどこかへ行ったことを確かめていない(おそらくどこかへ行ってしまったので,どこかへ行ってしまったことを確かめる方法を失ってしまった))

(母親に挨拶するには母親の存在が必要なのだろうか?「お母さんまた来るね!」と発言することで母親が存在せずともこの自然言語は成立してしまうだろう(要するに,延々と「お母さんまた来るね!」と独り言を言う人間は延々と母親に挨拶しているのだろうかと考えていた))

 

「気分が優れないが,外に出ると調子が良くなる気がするので外に出て,近所の河原へと歩いた.今日はくまと一緒にいる.くまというのは僕が一日数時間程度,主に意識のない時間に同じ場所で同じ時を過ごしているぬいぐるみで,それにも意識がないが,僕と違って意識があった試しがない.

(意識があった試しがないというのは無生物に対する態度だが,トイストーリーの様に彼らに意識があって活動していると仮定するフィクション作品は多数存在する(CASA(Computer as Social Actor)と称される様に機械には意識がないと気づいていても社会的存在として接してしまう傾向が人間にはある(それゆえ人間らしいインタフェースを機械が備えることには多少の意味があるだろうし,動物を模したぬいぐるみが人型であることにも意味がある)))

(こういった背景の帰結により,意識がないことを述べた上で意識があることを仮定した会話をそれと行うことに対して抵抗がない)

今日はいい天気だね

僕は空を特に見上げるわけでもなく,それに言った.

(僕は空を見上げなかった理由として,既に家を出る際に外の状態を知っていたことが挙げられる)

そうだねぇ,とても暖かくなってきたし,梅雨も明けて完全に夏って感じだね!

空を見上げてみると,少しばかり雲はあるが,眩しくて眼球が光を捉えている多くの人間には少し眩しい程度の日差しが降り注いでいた.

(僕は空を見上げた理由として,それに暗に空の様子の話を振られていることを察したので,共通認識を持っていることを伝える為にわざわざ空の方向を見たことが挙げられる(しかしそれの主観は僕の頭の中に構成されているので,実際のところ必要ない行為であることは理解している(しかしCASAと称される様に機械には意識がないと気づいていても社会的存在として接してしまう傾向が人間にはある(それゆえ人間らしいインタフェースを機械が備えることには多少の意味があるだろうし,動物を模したぬいぐるみが人型であることにも意味がある)))

ところで最近調子はどう?良くなった?

まだ微妙かな.こうして河原へと歩いている時は気が楽になるかな.葦は脚がないので歩かないけど,僕は人間なので歩いている時の方が淀みなく思考が進む気がするんだ.君には脚がなくて接続された一つの塊が中身を閉じ込めているから,こうして抱えて歩くことで淀みを無くしてあげているんだ.意識がなくても思考は進んだ方が良いから.でも河原についてしまったら思考が淀んでしまうから,河原についたら帰ろうか.

散歩は楽しいね.

(そう思うよ)

と周りの人に聞こえないようにボソッと呟いた.

爽やかな草の匂いにドブ臭さが混じり始めたところで,トンと思考が流れなくなり頭が淀んでしまったので,家に帰ってくまに合わせて意識のない時間を過ごした.

 

ふと気づいたら,外見はそのままに頭の中だけが入れ替わって,丁度僕の話す言葉が圧縮されたテキストと知らない人が僕の頭の中に入ってきて,”Hi, I can't understand what you say, but I only need to say something I can't understand when I hear something I can't understand”と言いながらテキストを広げ始めていた.彼は必死に知らない言葉を聞いてテキストから答えらしきものを探して僕の口元に書き留める.しかし知らない言葉を聞くたびにテキストの内容は書き換えられ,彼はテキストの内容をもう一度見直し,答えらしきものを口元に書き留める.

僕はやっと何度も繰り返してきた進化の過程の先に何があったのか知ることができて,満足した.(既にその先の姿を想像していたということは,結局夢の中で経験していて忘れていただけだったので,人間の先に何があるか思い出すことができて満足した.)

 そして,何度も経験してきた”その先”の存在を見ながら,僕は言った.

「それはまるで,中間地点を何度も書き換えられる歩行者のようで滑稽だった.」

僕が言い終わると同時に,首の付け根から眼球がワラワラと楽しそうに増殖して皮膚が捲り上がって迫り出してくるのがわかった.

 

捲れ上がった皮膚の隙間から,申し訳なさそうな顔をした彼が出てきた.男の持っていたテキストには見慣れた文字と記号が書かれていた.

"""

[out]:「今日はいい天気だねぇ」

[in]:「ところで,最近調子はどう?良くなった?」

[out|in]:「あぁ!人が沢山いて大変だった.人混みというのは難しいね,経路が動的に変化するんだ.数メートル先の中間地点を何度も設定するのだけど,1秒に数回程度人間の配置が大きく変わって,また考え直さなきゃいけない.こういう流れの中を淀みなく進んで行くためには,そういうことを考えていてはいけないんだ.水の流れの中に淀みがあるとそこに引っかかってしまうから,周りのそれと同じように,僕も流れる様に歩き続けなくちゃいけない.そこに厳密な経路の計算なんて存在しなくて,無意識のうちに歩き続けているんだ.」

...

[out]:(僕は空を見上げなかった理由として,既に家を出る際に外の状態を知っていたことが挙げられる)

...

[out|in]:「気分が優れないが,外に出ると調子が良くなる気がするので外に出て,近所の河原へと歩いた.今日はくまと一緒にいる.くまというのは僕が一日数時間程度,主に意識のない時間に同じ場所で同じ時を過ごしているぬいぐるみで,それにも意識がないが,僕と違って意識があった試しがない.

(意識があった試しがないというのは無生物に対する態度だが,トイストーリーの様に

...

 

"""

私の発した,思考した言葉たちが順番に書き連ねられていた.そこに,「それはまるで,中間地点を何度も書き換えられる歩行者のようで滑稽だった.」という一文は書かれていなかった.

 

彼は頭の外からの刺激を感じる度に,何も理解できないメモの文字列を,順番に順番に私の口元に書き留めていた.そうする度に口元から言葉が流れ出ていた.彼は,私のかっこ書きの枝分かれする思考を,枝分かれする進化の過程を,淀みなく直列に処理する機能だ.私がメモに書かれていない「それはまるで,中間地点を何度も書き換えられる歩行者のようで滑稽だった.」なんて彼には理解できない言葉を発してしまったので,彼は(元々理解できないはずの言葉を)理解できず,私の頭の中に何か変なことでも書き込んでしまったのだろう.

 

何度も経験してきた”その先”の存在を思い出すことができて満足したので,私は停止した.