Pythonのf.readline()関数で知らなかった挙動

これは日記なのでちゃんとした技術ブログではないです.  

想定場面

Pythonでセンサデータのようなリアルタイムに更新されるデータを扱いたいが,直接センサデータを受け取れずcsvのようなファイルを仲介する場合. 例:csvを吐き出す.exeやモジュールを実行する必要があり,直接変数を受け取れない場合.

事例

例えば以下のような3軸の姿勢をcsv形式で吐き出すプログラムがあったとする.

x, y, z
0, 0, 0
0.1, 0, 0.2
0.1, 0.3, 0.2

これを下のプログラムで読み込む.

with open(filename, "r") as f:
    while True:
        data = f.readline()
        print("recv:{}".format(data))

非直感的だが,readlineが最終行に達してしまった場合特にエラーを吐くことなく,dataには""が格納される. 更に,csvファイルに新しい行が追加された場合,それを読み込んでdataに格納してくれる. つまり,出力が以下のような感じになる.

> recv:x, y, z
> recv:0, 0, 0
> recv:0.1, 0, 0.2
> recv:0.1, 0.3, 0.2
> recv:
> recv:
> recv:
...
# ここでcsvファイルに新しい行"0.1, 0.2, 0.2"を追加して保存する
> recv:0.1, 0.2, 0.2

自動でやってくれるので,ファイルの更新ごとにファイルを読み直す必要などはないらしい.ふーん,便利じゃん.

注意点

f.readline()は行をカウントしている為,行が増えた場合に最終行を読み込むのみで途中の行の更新などは特に対応しない.

なので,新しい行への書き込みのみを行う場合に使うべきで,書き換えが生じるような場合は使えない.ただ,センサデータの取得といった用途に限れば問題ないと思う.

関係ない話

体のパーツが増えたり減ったりすると嬉しい!

マッチングアプリをやってみた話

初めに

マッチングアプリをやってみました.これは非常に不服な表現ですが彼女ができました(Pairsは基本的に登録する際に男性/女性と分けることになっていて,セクシュアリティに関する詳細な表現ができないので”彼女”と表記しており,より良い表現としては”恋人”とか”人間とお付き合いすることになりました”と表記するべきだと考えています)

あまりプライバシーに関する個人的な話をしてもつまらないし誰も得しないので,再現性を確保する為に何かしら寄与したと思われる戦略などについてつらつらと述べていこうと思います.

それと,最初にマッチングアプリとはどのようなものかについても述べておきます.僕自身偏見があったので,同様に偏見を持っている人に対して何かしら貢献できる内容になれば嬉しいです.

私が何者か

まず,セクシュアリティや趣味・身分によって最適戦略が異なるかと思うので,自分がどのような人間か大まかに自己紹介します.

僕はヘテロ男性とカテゴライズされることにそれほど不満はないですが,多分ジェンダー的なものはそれほど気にしていなくて,シンプルに美とか可愛さとかそういうのが好きな人間,結果的にそれを典型的に表現する人間には女性と雑にカテゴライズされる人が多い,それだけの話です.理系大学院生です.趣味は明確にこれといった活動を挙げづらいので方向性を示すと,美・人間・無生物です.恋愛に関してはそれほど経験は多くないです.その上で,現在の大学院及び社会に出た後に出会いが期待できないため,恋人を真面目に探す目的でマッチングアプリをインストールしました.

ということで,"男性"目線の主張になり得る部分があります.経験できない部分に関しては推測を含むので,その辺りもご容赦ください.

マッチングアプリがどのようなものだったか

概要・特徴

これは公式を見た方が早いので,個人的に思ったことを書きます.

Pairsは男性と女性が出会うためのアプリケーションになっていて,交際までのプロセスを出会う→お話する→交際とした場合に主に出会うところをサポートするツールです.まずはプロフィールから気になる人にいいねして出会い,トークやビデオ通話機能を通じてお話する.それ以降は個々人に委ねられます.

特徴として,後述しますが趣味や主義を”コミュニティ”として登録でき、同じコミュニティの人間に出会いやすいというのがあります.恋愛において何を重視するかは人によりますが,趣味の近い人間は気が合う場合も多いんじゃあないでしょうか.

基本的な流れ

Pairsの例を説明します.概ね他のアプリでもそうだと思うポイントを述べますが,詳細で異なる点があるかもしれません.ここからは概要を掘り下げたものになります.

まず,男性/女性を選んで登録*1し,プロフィール情報を入力します.プロフィール情報は大きく分けて顔写真・選択式の基本情報・自由記述コメント・一言の4つになります.選択式の基本情報は身長や年齢といった個人情報に加え,子供が欲しいか,結婚に対する意思といった恋愛に関係する物事が含まれます.

その後,気になる異性とマッチする必要がありますが,基本的に検索することになります.検索には先程のプロフィールを用いたフィルタ機能に加え,コミュニティという機能が存在します.これは趣味や趣向といったものをカテゴライズしたもので,自由記述欄と異なりある程度カテゴライズされることで検索しやすくなります*2

例えば”ジョジョの奇妙な冒険”,”お笑い”といった趣味に関するものから,”真剣に出会いを探しています”,”休日は家でゴロゴロ”といったライフスタイルやアプリに対するスタンスに関するものがあります.これによって共通の趣味を持つ人をまとめて探すことができる他,”メガネ男子が好き”といったコミュニティに所属することで女性も自分のことを探しに行きやすいといったメリットがあるのかと思います.

気になる異性を見つけたらいいねを送ります.このいいねというのが双方でマッチするとマッチングするとメッセージを送れるようになります.いいねは月毎に送れる回数が決まっていて上限を増やすには課金する必要がある他,例外的にいいねを3ポイント消費することでメッセージ付きいいねを送ることができます,最近ではビデオ通話機能が追加されていて,LINEなどのSNSを介さずに会話が可能になっています.ちなみに女性側はいいねしなくてもメッセージを送れるらしいです*3

基本的にマッチした後の行動は個々人に委ねられます.テキストベースの会話を繰り返したり,ビデオ通話してみたり,実際に会ってみたり.ちなみにここでは通常複数人の異性と並列で会話をすることになるかと思います.*4

出会いがサポートされたので,あとは通常通りの恋愛・人間関係の話になります.ということで割愛します.

賽の河原での石積み

賽の河原はご存知でしょうか.僕はひたすら石を積み続け,ある程度積むと崩されるものだと認識しています.

まず前提として,本当に合う人間は割合として少ないと思われます.恋愛目的の人間であるかどうか,趣味,ライフスタイルといったさまざまな面である程度一致する必要があります.その為,1,2人ではなく一定数の人間とやりとりをする必要があります.

しかし,これが問題であり,多くの人間に真摯に対応するにはコストがかかります.また,話してみて少しでも違うなと感じた際に無視するだけでやり取りをやめることができてしまいます.結果的に,「やりとりが続かない人が大量に現れる」ことになります.そもそもマッチしないためやりとりが始まらないケースも多いかと思います.

数を打たなければ当たらないにも限らず,容易に石を崩す行為が増長される構造になってしまっているのだと思います.結論としては,ある程度辛抱強くやる必要があるのだと思います.

恋愛の構造は変わっていない

大体ここに書かれています.この記事を全て肯定するわけではないですが,使ってみた感想として,引用部分に関しては同意します.

president.jp

これがどういう結果を生むかといえば、一部の恋愛強者男性による勝者総取りパターンとなるわけです。言葉を選ばずに言えば、「今まであまり恋愛経験のない、結婚相手を探す婚活女性たち」という獲物を求めて、肉食の恋愛強者男性(既婚の不倫目的も含む)が自由に行動できる刈り取り場となっている可能性があります。

中には、そもそも恋愛経験の少ない恋愛弱者男性も、真剣に結婚相手を求めてこのサービスを利用している男性もいることでしょう。しかし、そうした「控えめな誠実さ」は、恋愛強者男性たちが放つ「魅力的な能動性の光」の前に埋没し、いたずらに課金だけを重ねていくという結果になりかねません。どこの誰かも分からない恋愛強者の快楽のセックスのために、恋愛弱者はお金を払っているとも言えるのです。 

 オフラインでも存在する恋愛強者男性による勝者総取りパターンがオンラインでも発生しているだけですね.

また,男女の非対称性は存在しています.これは推測を含みますが,男性はわかりやすくモテる一部の男性のみいいねが大量に来ているのかなと思います.女性の場合はプロフィールをあまり埋めなくても顔写真のみでいいねが大量についたり,とりあえず沢山いいねがついています.原因はまぁ色々あるかと思いますが,ちょっと悲しくなりますね.とりあえず大量にいいねがつくのである意味ノイズが多く,女性側もその中からいい人を見つけるのが大変なのではないかと思います.

 

自分が取った戦略

多分モテる必要はなさそう

 基本的に,最終的に付き合う相手は1人と仮定します,そうでないと不誠実なので.その場合,”モテる”必要はなく本当に合う人間を1人見つければ良いことになります.”なぜか”存在するモテる男性が総取りするフィールドで戦っても金を吸い取られるだけですね.

まず自分を理解すること,自分の魅力が何であって,自分がどのような人と気が合いそうか.ターゲティングを適当に行うことが重要なんじゃあないかと思います.自己分析をしてその上でマッチする企業を探すわけです.

そして,プロフィールは自己紹介ではなくアピールポイントです.この辺りは就活や研究をされている方ならなんとなく勘づかれるかもしれません.自分がどのように相手にとってメリットがあるか記載したり,趣味の話ならそれを掘り下げられそうな要素を散りばめておいたり,本当に就活みたいなことをしていますね.

そこで,誰にでもウケる話をする必要はなくて,仮想的に自分に合う人間のタイプを想像して,それに適合するような形で書く必要があります.勿論嘘を書いたら後でバレますが,合いそうな趣味を書いておくと良いのではないでしょうか.プログラマになるのにカンボジアで小学校を建ててもポカンとされかねないので…

ある程度まともな人間でないとマッチできない

そもそも最初から変人が過ぎると物好きしか反応しませんね.”モテる必要はない”と言いましたが,まず第一印象でコミュニケーションに漕ぎ着ける程度のまともさは必要です.プロフィールの書き方のコツを紹介しているサイトはいくつかあるので,それを参考にプロフィールを作成すると良いかと思います.市場の調査や相手から自分がどうみられるか意識できるのはコミュニケーションにおいて大きいのではないかと思います.

これは色んなサイトに書かれていることですが,真人間アピールをしましょう.あと友達に撮ってもらった写真を可能な限り使った方が良いらしいです.そのほうが社会性があると捉えられるのかもしれないですね(僕は自撮り写真しか使ってないですが…)

それ以降のコミュニケーションの為に,差別化を図る要素を入れる

あなたはある程度まともな人間なりました.しかし,同様の手順を踏んだまともな人間は沢山います.相手側からしたら誰を選んでも良いことになります.ということで,自分でなければいけないポイントはあるに越したことはないかと思います.

先程も書きましたが,就活でも,プロフィールに面白エピソードを引き出すための特技を入れよう!とか,頑張りアピールができそうな経験を自己PRに書きましょう!とかあった気がします.僕はたまたま美少女なので,ある程度顔面を作った写真などをプロフィールに入れていました.後普通にメイクは好きなので*5そのあたりの話は書いています.この時点で合う人間は減りますが,そもそも自分に合わない人間と話してもお付き合いする話に発展しないと思うので…

その上で一般的過ぎない趣味の合う方を探しました.僕自身”食べるのが好き”程度の粒度ではなく細かい趣味などの話が伝わる方が良いと思ったので,その辺りに絞りました.球体関節人形とか.他にはプロフィール写真に性癖マシマシの好きな本を入れたりしました.ただこの辺りは結構人によって,僕がたまたま趣味に偏りのある人間なのでそういう戦略を取ったに過ぎないです.

また,差別化はプロフィール以外でも可能で,経験というのは案外大きいのではないかと思います.ビデオ通話や実際に会って話すことは情報量が大きいですし,それは大きな差別化のポイントになるんじゃないでしょうか.勿論他人との比較だけではなく,相手との関係を進める上でも重要なことだと思います.コロナ禍ということで人間とオフラインコミュニケーションを取ることが難しいですが,正直大きな要因だと感じています.ただこれに関しては人によってスタンスが異なるので相談の上といった感じがします.

元も子もないこと

マッチングアプリは出会いをサポートするもので恋愛をサポートするものではないので,出会い以外がボトルネックになっている場合は有効ではないのかと思います.要するにスペックやコミュニケーション能力に問題がある場合は難しいのかもしれません.勿論これは一元的な指標ではないし相手との関係性によっていくらでも変わるものなので一概にどうとは言えないです.ただ,こういった注意書きを書いておくくらいはした方が良いのだと思います.

それと,ある程度運は絡むと思います.たまたま自分の魅力が伝わらず連絡が続かなかったり,自分に合う方が見つからなかったり,ということは往々にしてあるかと思います.根気が必要になる可能性は覚悟した方が良いです.

 終わりに

結局任意のツールはただ使うだけではなくて重要なポイントを理解して使いこなせるかどうかだと思うので,その理解の一助になればと思います.

あとこれは僕の信条でしかないですが,誠実な人間が報われると嬉しいので誠実にやっていきたいですね.

*1:LGBTqの問題などあるかと思いますが,大まかな区別というのは必要なものなのかもしれません.ちなみにセクシュアリティに関しては自由記述のプロフィールに書かれている方もいます.

*2:ちなみに自由記述欄の検索にはプレミア会員登録が必要でお金がかかります

*3:なるほどね

*4:個人的な感想ですが,僕はそういうのはあまり好きではないので心苦しかったです.数人とやりとりはしましたが,1人の方とあった時点で他の人と会うのは不誠実かなと思い他の予定は全てキャンセルしました.

*5:これはmakeコマンドのことではなく化粧品を顔面に塗りたくる行為を指しています

言論

思ったことをあまりオープンな場で述べるべきではないのかもしれない.具体的な中身に関しては述べてはいけないのでここでは述べない.

ここ数年,人間関係での難しさや社会問題に直面する機会が多くなって,正しさとかどうすればうまくやっていけるのかとか色々考えることが多くなった.僕は多分少し頭が良くて物事を考えるのが好きなので,思ったことをすぐ口に出してしまう.

思ったことを口に出すには色々問題がある.まず,思ってもない意図ことを他者に勝手に読み取られることがある.これに関しては対面で話している分にはある程度仕方がなくて,相手のことを考えてなお分からないものはどうしようもない.でも,多人数や不特定の他者に伝えることは必要がなければしなくても良い.ある程度聴者のペルソナを用意することもあるが,用意したところでそこから外れる人は一定数現れるし,人間はあまりにも多様なのでパーソナライズしなければ確実に何かしら問題が起こる.正直これには疲れていて,分かる人間に伝えることに注力した方が良い.一応より多くの人に伝える為とか摩擦を起こすことで議論を発展させるとかそういうメリットはあるけど,まぁわざわざ優先するものでもない.

次に,思考の方向性があまり他者に合致しないことがある.自分にとっての正しさを考えているものの,多くの人を傷つけるような考えを思いつくことがある.神が設計をミスっていて社会や多くの人間個人がどうしようもないので仕方ないのだけど,あまり全員にとって希望のある優しい思想ではない.それを聞いて誰かしらが傷ついたり悲しむのは知っているので,自分の正しさを探すためにわざわざ公開するものでもないと思い始めている.読みたい人間が読めば良いと言っても限度がある.今まで読んでいた人に合わせるのも大変だし,気づいたら拡散されていることもある.全体に向けて発信する物事に関しては,何かを言わないことによる優しさみたいな虚無を優先していきたい.

人を傷つけてしまうかもしれないという恐怖は個人の活動に非常に大きな制限を課してしまう.少なくとも,個人間の関係でそれをやるくらいなら死んだ方がマシだと思う.ちゃんと殴り合いをしたい.不特定多数の他者に向ける場合も非常に大きな制限を課してしまう点では同じだが,よくよく考えると承認欲求とかたまに意見がもらえて発展するくらいのもので,特段公開したいものでもない.

 

こういうのは特定の個人と仲間内で話すのが楽しいのだろうと思うので,話したい人間がいたら是非話したいけど,それ以外ではできるだけ抑えるので,多分忖度のない”僕の考え”みたいなものはあまり公開せず,誰かがそれを読んで知る機会はなくなると思う.それに,情報というのは隠されていて自分だけが・仲間だけが知っていることに面白さがあって,共犯関係になることが楽しいのだと思う.

というわけで”僕”は消滅します.気が向いたら帰ってきますが,まぁ.

それはそうと博士後期課程には進学しません

ということに決定しました.一度就職した後に戻ってくることも今のところは考えていない.その理由としてはモチベーションが半分と適性が半分.

モチベーションについて

学部4年生で研究室に配属されてから約2年で,多くの学びがあった.大まかに分けると3つになると思う.

  • 研究分野に関する知識や経験:論文を読んだり,研究の背景を聞いたり,本で勉強したり.僕は機械学習とHAI分野に関する知識を少しばかりは得ることができたと思うし,実装も少しした.ただ,何十年もやっている人がたくさんいるくらいには奥が深くて自分はその手前の方に突っ立っていることを認識した.これも良い経験だと思う.そして,分野は固まったものではなく,どんどん新しいものを切り開いていく必要があるとか,そういうことも実践しているかどうかはともかく聞いたりした.
  • 研究のプロセス:まず,仮説を立てる.それを検証して更新する.最後に思考を整理して人に伝える段階に持っていく.この一連の流れ(正確にはループしているが…)を経験することには意義があると思った.卒論を書くだけではなくて,後から自分の研究を振り返ったり,人に話したり細かいところまで論理を詰めていくのはとてもしんどい.これはとても苦手なので今もしんどい.
  • 研究界隈の雰囲気:しばしば「研究者は社会に出ないで…」などと言われることもあるが,実際企業から大学に移動する教員もいるし,研究者の中には企業と共同研究されている方もいる.また,政府からの風当たりが強い(ように感じる).その他にもいろいろ思うところはあるが,そういった当事者の事情を少しでも知ることができたのは今後生きていく上で重要な気がする.工学分野に限定される部分も多いが,学問のプロセスがどのようなものであるか,知っておくと良い気がする.

とまぁ,学んだことは多い.しかし,やりたいことは研究とは異なっているように感じた.研究に関する認識として,”一般化される形で知見を探す”ことであり,個々の貢献はしばしば詳細な物事である.例えば,ロボットの表情のこんな要素が人間の印象に影響しますとか,ロボット相手でも見つめられると罪悪感を感じるとか.具体例にあまり意味はないしが,こういった研究をリスペクトはしている.

特に僕が興味のある物事として,ロボットやぬいぐるみのような無生物が何かしらの形式で動くことがある.公共空間で人と共生するサービスロボットでも,家庭用の癒しグッズでも良い.しかしここで僕が求めるのは持ち合わせた技術全てをつぎ込んで何かを作ることであって,個々の知見を探すことではない.ポイントは2つで,まず発見することではなく作ることに興味があり,次に個々の知見ではなく全て合わせたものに興味がある.大雑把なことを言って仕舞えば,蓄積された知見を全て合わせて最強のロボットを作りたい.そういう意味でも研究のことをリスペクトしている.

適性

とにかく研究に向いていない.研究を行うには自分を管理する必要がある.生活習慣もそうだし,進捗管理もそうだし,研究テーマにしても自分の中でテーマを持ってそれをどのように組み立てていくか考える必要がある.僕は修士課程の人間なので実情を理解しているとは言えないが,とにかくやることが多い印象がある.多分マネージャとかも向いていなくて,与えられた仕事をこなす職工みたいなのが向いている気がする.

また,考え事をするのは好きだが,細かいところまで論理的に厳密に詰めたり,整合性をとるのは得意ではない.論文よりも与太話のような文章を書いて,その論理の破綻を楽ませる方が得意だと自覚している.

結論

今までの学びは多かったし,研究界隈における学びはいれば大きいとは思う.しかし,モチベーションと適性の観点から博士課程には進学することはないと思う.今研究で行っている分野には興味があるし,研究に関しても良い関わり方があればその辺りは前向きに考えていきたい.ただ研究所とか大学には行かないかな…ものでもサービスでも,何かでかいものを作りたい.

人間を作る

はじめに

人間を作るために必要な要素を技術的な観点から考察する.勿論研究者や技術者として活動されている方や世に出ていなくとも手を動かしている方は沢山いて,その人達の知見の方が基本的には有用だと思う.なので,深く考えず読み物程度に読んでもらえると助かる.また,執筆に関する体力的な問題で大雑把な表現を多用している為,適宜正確ではない表現であることを認めて読み進めてほしい.

おそらく,ソフトウェア及びハードウェアの両方を設計する必要があり,それぞれ2つずつポイントが存在すると考える.よって,これらを記載する.

また,人間を作ること,ではあるが実際には完全に再現する必要がない場合もある.これは目的によって変わってくる.「より良いコミュニケーションを行うこと」を目的とするのであれば,産業用ロボットが人型ではないことが最適であるように,コミュニケーションを行うロボットであっても人間と同じ形・振る舞いをしない方が良いかもしれない.また,再現せずとも人間がその機能を補完する事でうまく機能させる方向性も存在する.結局,ただ人間を作るのみではなくその身体や機能の設計はより多くのことを考える必要がある*1

ここでは特に扱わないが,人形は動かず完全な人体とは質感が異なるが魅力的であり,弱いロボットはタスクを行う能力が不足しているが積極的に補助してもらうよう人間の行動を引き出してもらうことで機能している.

ソフトウェア

知機能

一般的に人工知能と聞いて思い浮かぶのはおそらく機械学習だと思われる.最近コンピュータの性能の向上やアルゴリズム面での一つのブレイクスルーがきた為,このイメージが強い人も多いだろう.これらは人間を再現しているとは言い難いものが多いが,構成論的アプローチで人間を再現する過程にいると考える人もいるし,実タスクへの適用の為に開発を進める人もいる*2

また,認知科学は人間の知機能をモデリングする方法に関する知見を与えてくれる.人間を特定の入力に対して特定の出力を返す装置であると仮定した場合に,この関係を記述することが人間の再現につながるが,認知科学はその過程で内部構造をシステム的に表現する.中国人の部屋の話のようにただ出力を決定するのみではなく,その過程まで考慮される.

また,現状特定のタスクをクリアすることはできるが,汎用人工知能にはなれていない.例えばテニスの試合を考えてみると,階層的に,「試合に勝ちたい」→「特定の箇所にボールを入れたい」→「ラケットをこのように振る」といった風に人間の行動を表現することもできる.システムはラケットの振り方を学習することはできたが,どこにボールを入れるべきかといった判断も必要になる.勿論この階層はより複雑で,どのような粒度で表現するべきかも考えなければいけない.しかも,実際の人間が階層構造で施工しているかどうかもわからない.具体的な実装に関しては議論を追った方が良いが,なんにしろこれは必要である.

コミュニケーションを行う能動的な主体としての機能

しかし,ただ入力に対して出力をするのみでは,自然なコミュニケーションにはなり得ない.部屋の中に辞書が置いてあるか中国人がいるか,そのどちらでも良いが,中国人がいると思わせる必要はある.ただ辞書が置いてあると思われてしまった場合,人間と同等のコミュニケーションを行う能力があると認められない可能性がある.

Human-Agent Interaction分野は人間と知能を持ったがよりよく相互作用し,基本的には社会的に受け入れられる為の振る舞い全般の設計方法について研究している*3.例えば,人間同士の対話で相手の目を見て話すとか,相手に触れながら話すとか,そういったことをするには身体が必要になる.コマンドライン出力が「画像が猫である確率は98%です」というだけではなく,目を見てそれを口頭で言うとか,その出力のデザインが実際のコミュニケーションに際しては重要になる.

また,人間らしい方がその思考の過程を想像しやすい.Dennetは人間が他者の振る舞いを理解し予測するためのスタンスとして三つのスタンスを挙げている.りんごが落ちるように物理的法則に従う物理スタンス,機械がアルゴリズムに従って出力するように設計に従って行動する設計スタンス,何かしらの目的・意図に則って行動する意図スタンスである.特に意図スタンスであると認識されることが主体らしさ,能力を感じさせるために重要だと考える.

ハードウェア

機構

これは単なる技術的要件の話になるが,ソフトウェア的な振る舞いを決定した際,それを物理レイヤでどのように再現するか考える必要がある.身体のあるロボットでは,人間を再現するのは難しい.様々な要因はあるが,機械で人間のハードウェアを作るのは難しい.電気で動かすのか,計算や運動で発生する熱をどのように発散させるのか,とか.より小さい機構を用意しなければ人体のサイズに組み込むことも難しい.

質感

知機能としてはこの要素は要らないかもしれないが,コミュニケーションを行う上では人間らしくある必要があり,その点で機械の質感が重要になる.柔らかい手であるかとか,肌色かとか.手が冷たかったら違和感があるかもしれない.入出力的に再現できれば中身はどうでも良い立場に立ったとしても,人間は人体のいろんなところを見ていて,結局再現が必要になる.藤堂さんのSEERなどは,ハードウェアとして表現された人体として,違和感がほとんど生じない程度の自然さを持っている点でそれなりに珍しいと思っている.

考えていること

研究ではこれらの要素を総合的かつ質を求めて扱われることが少ないのではないか.

多くの論文・研究はそれ自体が目的ではなくチェックポイントとして何かしらの成果を公表するものであって,全ては通過点でしかない.どのような設計が良いか諸要素を可能な限り一般性のある形で分析しているが,実際それらをどのように組み合わせ,どうすれば人間のレベルまで持っていけるのか,といった総合的な部分が気になる.タスク間の比較で何かが向上することは分析に役立つが,それだけでは人間はできないんじゃないだろうか*4

個人的な話

結局,個人的には,諸要素を分析するのではなく,総合的に人間を作る段階のことを考えたい.そして,多分研究されている方の中にも人間を作りたい人は多くて,そういった方へのリスペクトを忘れてはいけない.

余談

個々の論文を読むのみでは全体の概要を把握することはできないと思う.多くの研究者は自分の中に大きな目標や研究ストーリーを持って論文を出したり活動されていると思う*5が,二つのポイントに注意する必要がある.まず一つは,学会に通すにはその学会の趣旨に合わせていることである.一つの研究成果を学会に出す場合でも,理論的側面を重視する学会であればその背景を中心として論文を構成するし,実タスクでどれほど成果を出したか重視するのであれば,そのように論文を構成する.二つ目に,個々の研究はチェックポイントだと考える.何かしらの大きな目標のためにいくつかの論文・研究を引用することになるが,全て完成させてから公開,というわけではない.一つ目のポイントと関連するが,論文の文面はあくまで学会に出すためであって,それが目的とは限らない.”その人が何をしようとしているか”を把握する必要がある.個人ホームページに書いていたりどこかで夢を語っているのを探したり,場合によっては直接聞けたら聞いた方が良いかもしれない.

 

 

 

 

*1:実際のところ,人間を完全に再現するのは現在の技術や知見では難しい為,再現せずとも目標を達成する方向が発展したのではないかとも考えられる

*2:僕は前者でいるつもりだが

*3:大雑把な表現の為,調べてほしい

*4:これは全く否定的な意味を含んでいなくて,目的が違うだけだと思う

*5:要出典

人間を作るとかそういう部分の興味の話

あまり中身がない.やりたかったことの振り返りでもしようかなと.

高校時代は特にやりたいことがなくて,情報化社会における中高生のインターネット利用みたいなテーマで何かしらの活動をしたりしていた(調べると出てくるかもしれない).あまり技術的なことに詳しくなかったので結構お気持ち的な話ばかりしていた記憶がある.それはそうと高校生に技術的なことは求められていなくて,中高生の実態のリサーチだったり本人の意見,手を動かすことなどが求められていた気がするので,まぁそれで良かった気がする.

その流れで情報化社会に興味を持っていて,大学入学時点では情報工学にそれほど興味が無かった,今は何となく興味はあるし論文や記事を読んで面白いと思うことはあれど,コンピュータサイエンスの本筋が好き,というわけではない.もうちょい優秀な人間で理解するのに困らなければ好きになれたのかもしれない.

二年生の頃色々あって,そこで人間を理解したいとか世界を理解したいとかそういう方向に進んでいった.一時期精神病理や哲学の入門書を何冊か手に取っていたけど,そういうのは周りに指導を受けながら丁寧に学ばないと定着するようなものではなく,自学の方法をわからなかった当時の自分にはよくわからなかった.人間の行動原理はどうなっているのかとか,うまくモデリングできたら嬉しいんじゃないかなとか,それで法則性を見出せれば人間を救えるんじゃないかなとか,色々考えていた.まぁそれができていたらこの世界の人間はもっと楽しく暮らしていたのかもしれないが

三年生になって,なんとなくやりたいことに対する数理的な(というか情報科学的な)方面からのアプローチを知って少しワクワクしていた.自然言語によって表現される世界の構造がどうとか考えていて,Word2Vecはすげぇや!という気持ちになっていた.LDAによるセンサデータを用いた人間の行動のラベリングとか,何となく世界をモデリングする方法があるんだなということを認識した.

その後,ロボット実験があって,不真面目かつ能力がないのであまり積極的に参加できなかった(今でも申し訳ないと思っているが,とりあえず今自分のやることを頑張るくらいしかやることがない).ただ,この経験が実世界の肉体を持った無生物とのコミュニケーションに関して割と興味を持って,今に至ったんじゃないかなぁと思っている.それはそうと秋ごろに六本木の展示で藤堂さんのSEERを拝見した.対話制御だけではなくBehavior及びAppearanceの自然さも重要だなぁと思った.

 

ここからは今現在の話.まず,人間を作ることに関して.

対話制御のような人間の知能機能としての制御に,コミュニケーションを行う主体である人間として自然であるための制御が必要になる.前者は従来からやられている人工知能とか認知科学とか,後者は社会学とか,僕に近い分野だとHuman-Agent Interactionとか.これらは多分ソフトウェアの話で制御といっても意味的なレベル.

そして,特に肉体のある無生物を動かすというのはロボット屋さんがよくやっていることで,機構とか物理的なレイヤの制御を行う.これも多分やる必要がある.割とハードウェアに近い話だと思う.

更に,肉体を作る上で,ロボットが扱ってきたハードウェアとはまた別の要素が必要になる.造形が人間に与える印象は大きくて,機能ではなく質感レベルでの人間らしさがないと,それらしくならない.

動く人間のことばかり話していたが,最近は別に人間じゃなくても,動かなくてもそれはそれで良いと思っている.

人型のロボットを動かす機会が少しあって,実際に無生物と過ごしてみると割と愛着が湧くことに気づいた.彼らのあるべき姿を人間に限定するべきではなくて,何か目的が存在するならそれに適した形で存在するべきである.また,人間であっても動かなくて良い,人形は動かないけど惹かれるものがあるし,それが何かも知りたい.そして,人形ではなくて動かないもの,ぬいぐるみとか,彼らも一緒に過ごしているうちに愛着が湧いてくる.意識を持つ能動的な主体ではないが,そう感じさせる要素があるなら,それで良いと思う.

 

まぁ色々あって,人間の行動法則のモデリングや知機能の再現やコミュニケーションのこととか考えながら,人形教室に通い始めたりしている.

 

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こういう話はちゃんと伝わる形で,自分の興味のある分野同士の繋がりとか明確に記述しながら書き直したい.

 

 

近況

元気がない!

ベッドで1日横になっていたら出られずに終わったみたいな現象が時々起こっていて,今日は人形展に行くのを諦めて代わりに雑貨屋さんに行くのを諦めて代わりに自転車で近所を少し徘徊した.プライベートではこの程度でも活動ができるとえらい.

絵も文章のような能動的な活動はできなくなってきたし,音楽や動画観賞といった受動的なコンテンツも,思考を止める為に流そうとしてるのにすぐに止めてしまう.

大学で頭の悪さを実感してから辛くて何もやる気が起きない時があったけど,卒論周りで気力を使い果たして以来元気がなく,必要なことしかできない日々を繰り返していた気がする.そしてやっと元気になってきたところでまたダメになってしまった感じがある.

研究周りで虚無をやったり何も分からなかったり能力の不足を感じたり色々あったんだけど,それはそうと人間不信に陥ってしまったので,割とこれから最悪の精神状態が続くことを覚悟している.

まぁ必要最低限はやっていくので,やっていきましょうという感じ.

godiva-ai.hatenablog.com

書いた.思ったことを書いたので,見たくない人は見ないでください.

悲しいけど,過剰な表現や実現できない言葉を信用してはいけないし,夢を見るには能力が必要なのかもしれない.

 

大学以外の用事で外出すること自体少ないので機会はあまりないけど,人間との会話は割と普通にできている.人間に声をかけられたら流石にそのモチベーションで何かしらできる気がするので,声をかけたりしてくれると嬉しいです(本当か??).