人間のあるべき姿の探索

思索・人形・エンジニアリング

Project Beyond Eve : 人形になる

 皆さんはヴィリエ・ド・リラダンの『未來のイヴ』という小説をご存じですね?1886年に発表されたSF小説で、人造人間に対して「アンドロイド」という呼称を最初に用いた作品と言われています。ご年配の方だと知っている方もいらっしゃるのですが、若い方だと人形やロボットに興味がある方でも意外と知らないようで、今一度読んでいただきたい作品となっています。押井守イノセンス』に登場するガイノイドであるハダリ(HADALY)も『未來のイヴ』がもとになっています。

 作中では、青年の貴族であるエワルド卿がヴィーナスの化身のごとき美貌を持ちながら卑俗な魂を持った歌姫アリシャを恋人にした苦悩から、電気学者エディソン博士が彼への恩義からアリシャを模した人造人間のハダリーを生み出します。このハダリーは電気式の人形で、蓄音機にため込まれたアリシャの声を基に喋る機械であったのですが、ソワナという女性の霊性が混入したことでアンドロイドとしてエワルド卿の前に現れ、恋愛観やアンドロイドと人間の違いについて問いを投げかけます。

 『未來のイヴ』では、他者として、恋人としてまなざしを向ける存在としてのアンドロイドが描かれました。人形の背景としても、ピュグマリオンに始まり、他者としての人形が数多く描かれており、逆に自分自身としての人形はゴーレム等の一部にとどまりました。とはいっても這子、天児等呪いの身代わりとなる存在は日本にはかなり前からいましたが…ともあれ、彫刻のような被造物であったそれの美は他者として扱われてきました。彫刻は記念物と護符の二つの源流を持ち、前者は建築から彫刻が分離したとされ、その過程で場所から空間に身を置く存在となったと以前本で読みました。被造物はその空間においてまなざしを向けられ、触れられる存在であったようです。

 それに対して、現代では技術や思想の面で語るべきことがあります。一つが、VR技術によって、他者の身体になり、自らを超越することが可能になりました。VRChatをはじめとするVRSNSではアバターを纏い、自己の感覚もそのアバターに寄って行きます。僕自身、ヘッドマウントディスプレイを少しかぶってみて、そのインプット・アウトプットの情報によるフィードバックによってアバターが自己となる感覚やファントムセンスを感じる機会がありました。そして、思想的な面では、ポストヒューマンの考えがあります。人間を超越する、それは遺伝子工学によって種として変わることや、近代的な白人男性を人間の中心として扱う考えからの脱却、その点ではフェミニズムがこの思想に寄与する部分もあるのですが、そういった既存の人間の定義から脱却することが語られています。

 人形に立ち返ると、他者ではなく自己としての人形になることが技術的に可能になったのではないかと考えています。本来動かない人形になる身体感覚を得るために、人形に動きを与え、その動きが自分に返ってくる、フィードバックを受けることが要件になります。正に、ソワナの霊性となる為に技術を用います。一方、ロボットにおいてはマスタスレーブ自体は一般的となりつつあり、医療現場では5G回線を用いて医療器具を遠隔地から操作する方法も開発されています。しかし、それは造形美との兼ね合いはなく、やはり外骨格が金属やプラスチックで作られ、メカらしさとして存在しています。

 なので造形もやる、技術もやる、そしてその関係は密結合で別々に進めることが困難なため、全部やることにしました。2018年に他者としてのプロトタイプとしてメイド服を着せた紙粘土ののっぺらぼうをモータで動かしていたのを覚えています。そして、2022年ごろに自分自身がなる、ということを考えてAndroid端末でリアルタイム映像転送を行いながら端末の加速度センサ情報をカメラに送ることで視界を同期させるための試作を行いました。2022年末にヘッドマウントディスプレイを購入したことで、より高精度なセンサや没入感を得る算段が立ち、同時に人形制作の方法を学びつつある段階であったために、2023年初めに「人形になる」為に制作を始めました。

Project Beyond Eveと題して、期限を設けるために2023年12月25日を目標として完成を目指しています。まだ必要な作業が残っており、無事デモを動かしてクリスマスを迎えるか死ぬかの勝負となっておりますが、生きて完成を迎えられると良いですね。

追記(2023/12/26)

 生きてクリスマスのデモを迎えられました。動画は以下の記事にYouTubeを埋め込んでいます。

godiva-frappuccino.hatenablog.com

 並行してアドベントカレンダーを走って制作過程もまとめています。記事の一覧は以下に記載していますので、もし興味があれば覗いていってください。

godiva-frappuccino.hatenablog.com