独楽

いつも通り路上で酒を飲んでいたら,青年が近くに立って自分を見つめていた.自分とは対照的に,小綺麗な服装で,少し不安そうな顔をしていた.面白そうなので目を合わせてみたら,しばらく経ったところで青年が近づいて話しかけてきた.

「あの…いつもここでお酒を飲まれていますよね?独特な雰囲気で,ここを通るときにしばしば見かけていて,気になっていました」

「そうかそうか,確かに僕はいつもここにいるよ.常に曖昧でいたいんだ.緩やかな自殺をしている.酒に飲まれているんだ」

「なるほど…あの,すいません.少し相談事をさせていただきたくて.自分の人生について悩んでいまして,何か聞けるんじゃないかと」

路上で飲酒している人間と話そうなんて奇妙な青年だが,まぁ奇妙な心を抱えているから奇妙な人間が正常に見えてしまうのだろう.用件を聞いたところ,将来のことが分からなくて不安らしい.

「昔からそうだったんです.自分は何も胸を張れるものを持っていなくて,常に不安だったんです.多分他人から見たら僕はなんの不安もなく世間で活躍できる人間だと思うんですが,自分の身としては不安なんです.他人は無責任なんですよ.他人の人生は自分がやらなくて良いので心配ないですが,自分の人生って自分でやらなくちゃいけないんですよね.面倒くさいですよね…」

青年は早口でボソボソと続ける.

「今までなんとか人生を切り抜けてきたんですが,いや切り抜けられてないのかもしれないですが…ともかく今までうまくやれてこなかったので,将来自分がうまくやっている姿が想像できないんです.そう,未来が見えないんです」 

普段声を出していなくて喉が渇いていたので,酒を喉に流してから言った. 

「元々ない未来が見えなくて不安なんて滑稽じゃないか.君に未来なんてないのに幻影を探して困るのも阿呆らしいと思わんか」

「確かに,そうと言われればそうなんですけど…」

青年は不満げな顔をして,しばらく考え込んだ.

 「つまみは少しくらい苦い方が酒に合うもんだよ」

青年は終電が迫っていることに気づいて駅の方向に走って行った.

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数日経って,青年がまた話しかけてきた.

「なんだか精神が辛くて」

「飲めばいいんじゃないか.曖昧な時間を増やした方が良いよ」

「いえ,飲まれるんでしょう…?」

「君は正しいね,まぁ早く寝た方が良いよ.健全な精神は健全な肉体にしか宿らないからね」

うーん…と青年は悩んでいる.

「そうは言っても,寝たくないんです.今日に満足できなくて何かしたくて,でも何かできるわけではないんです.無限に起きていたいんです.」

「そうだなぁ,満足したいなら酒でも飲めばいいんじゃないかな.隣あいてるよ」

「それほど話してないのにもうぐるぐる回ってますよ,独楽みたいですね」

まぁ面白い子なのかもしれないなと思い,適当に話を続けたが,酒のおかげでぐるぐると回っていた.

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青年はそれなりに具体的な話をし始めた.

「実は過去の失敗を引きずっていて…」

要約すると,高校受験で第一志望の高校に行けず,そこから失敗が怖く,自分の成功する未来が見えなくなったということらしい.

「確かに,一度失敗した記憶は常に残るからね.成功体験なんてものは積んだところで失敗の記憶を消してくれるわけでもない,一度でも失敗した時点でもう人生なんてものは終わりさ」

「否定しないんですね,よく分からない戯言で話をずらすかと思ったんですが…」

「僕ももう人生が終わっているからね,皆そう.普通の顔して歩いている人間ももう消化試合をやっている.もう希望を持って生きていけない.」

「じゃあもう,僕は死んだ方が良いのですか?」

「うーんどっちでも良いけど,どっちでもいいんじゃないかな.もう消化試合だし,変に気負わずに気楽に生きればいいんじゃないかな.緩やかな自殺をしようじゃないか」

青年は納得しかけたが,まだ悩んでいるようでそのままトボトボと駅の方向に歩いていった.

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青年はそれなりに具体的な話をし始めた.

「実は過去の失敗を引きずっていて…」

要約すると,高校受験で第一志望の高校に行けず,そこから失敗が怖く,自分の成功する未来が見えなくなったということらしい.

「別に気にしなくていいんじゃないか,世の中には自分がコントロールできることとできないことがあるし,できない範疇のことを気にしてもしょうがないさ.受験なんてのは,コントロールできないもんだよ」

「じゃあ逆に,何がコントロールできるんですか?」

「そんなものはないよ.生まれも,育つ環境も,意思決定の傾向も,全て環境との相互作用の中で自動的に決定されていく.その意思決定に対して主体感を感じているかもしれないけど,あくまで感じているだけでその感覚が自分の行動を変えているわけではないからね」

「うーん…結局どうすればいいんですか?」

「考えることだと思うな」

「逆説的ですね」

青年は納得しかけたが,まだ悩んでいるようでそのままトボトボと駅の方向に歩いていった.

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青年はそれなりに具体的な話をし始めた.

「実は過去の失敗を引きずっていて…」

「君とは何回か話しているが,たまには一緒に飲んでみないか」

「いえ,飲まれるんでしょう……?」

「分かってきたじゃないか,飲まれるんだよ.飲まれる為に飲んでいるからね」

彼は自分が同じ話を何回もしていることに気づいていた.想像通り,僕のことをNPCだと思って違う返答を引き出そうとしていたわけではないらしい.

「あの,つい同じ話をしてしまって…頭の中に何回も浮かんでしまって.一生僕はこのまま同じことをぐるぐると考え続けるのかと思うととても辛いです」

 「つまみは少しくらい苦い方が酒に合うもんだよ」

青年は納得したような顔をして,駅とは違う方向に歩いていった.

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久しぶりに友人と飲みに出掛けた.いつもとは違う路上に.

「君はいつも同じ話をしているなぁ,独楽のようにぐるぐる回っている」

「軸がブレないってことか,そりゃあ嬉しいね.僕の精神を回している独楽の軸は常に仄暗い闇の底を指していると思うよ.一生酒のつまみがあるんだ,最高の人生じゃないか.いくら噛んでも味がなくならないんだ」

ぐるぐると回っていくだけだ.そうやって緩やかに死んでいく.独楽が回っているのを眺めていると,酒が美味しい.

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青年は絶望していた.仄暗い闇にいるような虚無感を感じていたが,その理由はが分からなかった.結局その虚無感の理由は分からなかったが,理由が分からないから感じていることは分かったし,それを楽しむしか道がないことに気づいていた.

ぐるぐると回り続けるを繰り返す独楽が見えてきた,コンビニでワンカップを買って飲んでみたら,頭がぐるぐる回って仄暗い闇の底に沈んでいき,それがとても気持ちよかった.