人間のあるべき姿の探索

思索・人形・エンジニアリング

首、そして球体関節を考える

人形を作ると決めてから、どうにか首を人間のように自由に動かす機構を作れないかと考えていました。
できました。*1

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首、できてみるとあっけない感じがしますが、人間のサイズにその機構を収めようとすると意外にも苦労する点があります。

球体関節の機構を考えてみる

そもそも球体関節人形は主に以下のような仕組みを持っています。一つは球の上に受けがそのまま乗っかり3自由度で動かせるもので、もう一つはスリットが入っており1自由度、作りによっては2自由度動かせるものです。人形を作るとき関節というのは結構重要で、その子がどのように体を動かすかを規定します。『人形愛の精神分析』の関節の章にそういった記述がありましたが、実際人間が動かせる箇所は200ほどある中で人形作家はどこを動かせるか選ぶわけです。基本的には意味的な単位で首やひじ、膝、足首や手首などロボットライクな粒度で作っていることが多いかなと思います。指はかなり細かく球を作るのも大変になるので、作りこまれていると努力を感じますね…他にも二十関節機構にすることで可動域を増やしたり、腹部をどうするか、とか考えどころがあります。ちなみに、球体関節にするか楕円関節にするかといった話もあり、前者だと可動が自然になる分人間としてのリアリティを損ない、後者だとその逆になる

余談ですが、『ソッカの美術解剖学ノート』*2では人体の関節の分類を以下のように紹介しています。そう考えると球体間接人形の関節もその範疇に収まっている感じがします。

フリーハンドの図が世界一苦手ですが、1…車軸関節、2…球関節、3…蝶番関節、4…楕円関節、5…複関節(3つ以上の骨を結ぶ関節、これだけ分類の粒度が異なります)と種類があり、関節によって可能な回転運動の軸が異なります。

では、なぜ球体関節なのでしょうか?と考えたとき、基本的には可動域の問題と、重要な点として球体関節人形における球体の意味があると思います。その辺りはベルメールがどう…ということで詳しくないので割愛します。ただ、真球の関節は3自由度で1点で2つのパーツを結ぶ際は回転に関して自由な動きが保証されます(直進運動は別の考え方が必要になります)。そこにスリットなどで自由度を制限することで、より低い自由度も同じ形で表しています。

余談ですが、『球体のはなし』という球体のことを3分野ほどの視点で横断して紹介している書籍をこの前ブックオフで見つけました。工学的見地でどのようにより真球に近い球を作るかであったり、昔から勾玉や三種の神器など様々な場面で球体が重視されていた文化であったり、結構面白い内容になっていました。

モータを仕込んだ機構を考える

モータを仕込んで動かす際に大きな問題になるのはモータのサイズです。一般的な小型サーボモータのSG92Rは23x12.2x27mmのほぼ直方体で、これを首だけで3つ仕込む必要があります。80cmサイズの人形の首球体関節は直径40mmほどでしかも球体です。よって、内部にすべてを入れることはできません。また、大きな人形の場合はより強力なMG996Rなどを検討することになりますが、これは40.7x19.7x42.9mmと少し大きくなり、これまた球の中に入れるのは難しくなります。

ちなみに、2自由度の場合、ある程度仕組みは簡単になります。球を考えるうえで大切なのは、1点を中心に回転することで、半径によっておおわれる面に沿うように外側の枠が動けばよいです。図のように、モータを二つ組み合わせて支点を決めれば疑似的な球体になります。左図の2自由度のイメージを中央のようにモータを二つ用意して、上のモータに外枠を付けると、右図のように2自由度で回転します。
ここで重要なポイントとして、ことロボットの機構については常に完全な球体が回転する必要はありません。関節に接するパーツ(ここでは頭部)が接する部分だけが存在していれば十分です。右図の外枠に頭が乗っていれば、疑似的な球体によって便宜上は人間の頭が動いているように見えます。*3イメージとしては天球儀です。天球儀は中央に地球を模した球体がありますが、外側には薄い円盤が3つ重なっているだけですが、それを動かすとその軌道が球体として中央の地球を包みます。

 

しかし、ここで問題となるのが、もう一つの自由度をどこに足すか、です。ここにモータを追加すると外側からこの2つのモータの組み合わせを囲う必要があります。天球儀などが参考になりますが、3つの軸が、順番に重なっていく構造になります。そして、ここにモータを付ける場合球体の外側に取り付ける必要があります。また、先ほどの2自由度のモータに目を向けると、下のモータが上のモータを回転させています。要するに、3つ目のモータを追加すると2つのモータを動かす大掛かりな仕掛けになってしまうわけです。

人体に立ち返る

そういえば実際の人間の首はどういった構造をしているのでしょうか?自分の首を触ってみると、どうやら球体関節ではないようです。筋肉が16種類ほどあるので複雑でよくわからないですが、頭が球の上をすべるのではなく、引っ張り合う動きで成り立っていることが分かります。下図のイメージです。1…横を向く動きは先ほどの図の車軸関節で、2…上下を向く、3…首をかしげる、といった動きは2つの軸が連動することで成り立っています。
…これを機構で作れば良さそうですね。

似たような機構をインターネットで探しつつ…
できました。最初に乗せた動画のとおりです。支点がモータの可動部ではなくほかの場所に移動しているのがポイントになります。つまり、首の球体関節ではなく、肩甲骨や肩のあたりにモータをしまい込んでおくわけです。

ここでちょっと注目したいのが、支点部分です。機構の都合上、1の動きはともかく2,3の動きをする場合2自由度分の動きを許容する仕組みが必要です。
ここで思い出すのが、2自由度を許容する為には関節に接するパーツが接する部分だけが存在していれば十分ということです。以下のように、疑似的な球体を作っていきます。見やすさのために一度分解しましたが、円柱を二つ組み合わせるとその上にのせたパーツが2自由度で動くわけです。

 

今回はそこまでやりませんでしたが、この2自由度分の支点を1か所にまとめることで、最終的には論理的な球体が生まれるわけです。ロボットの機構を見たときはなんだこの複雑な仕組みは…と思いましたし、これが球なのか?となりました。しかし、このように考えてみると球体であることには変わりないですし、そもそも人間の首を球体関節で表した人形作家の試みと同じわけですね。

 

というわけで、首を球体関節で作るうちに仮想的な球体が人間の首の中に生まれた話でした。

*1:参考:論文の中身は読めなかったので公開されている図を基にモデルを作りました 

Figure 3 from Facial expression on robot SHFR-III based on head-neck coordination | Semantic Scholar

*2:ページ数も多く不真面目なので流し読み程度ですが…

*3:肌が無いので機構が丸見えですが。